自己責任論 ちょっと知的に侮辱する言葉

自己責任論 ちょっと知的に侮辱する言葉

日本で自己責任論が広がったのは2004年に起きたイラク人質事件の時だった。日本人三人が拉致され、テロリストからは自衛隊撤退を条件に人質を解放すると声明が出された。

すると、テレビには声高らかに日本政府の自衛隊派遣を非難する団体が映し出された。事件の発生は、まさに政府を攻撃する格好の材料だと言わんばかりだった。

この見苦しい姿は、日本国民の怒りを買った。怒りの行き先は少し変わって、「勝手に危険な地域に行ったのだから自己責任だ」という論調になった。

事件は三人が解放されたことで沈静化したが、このときに使われた「自己責任」は流行語になり、現在もネット上でよく見かけることになった。

便利な言葉「自己責任」

自己責任という言葉は「自業自得」とか「因果応報」と似ているが、後者の二つは仏教用語なのでどこか「宿命」「運命」「避けられないもの」というニュアンスが強い。

一方で自己責任というと、「それはお前のせいだから責任を取れ」という意味合いになる。より相手を強く攻撃する言葉といえるだろう。

「自己責任」は便利な言葉らしく、ネット上では何かあるたびに使用されているところを目にする。たとえば「貧困は自己責任」「病気になったのは自己責任」「非正規なのは自己責任」というように。

実は「自己責任」という言葉は何にでも使える。

冒頭の例で言えば「拉致されたのは自己責任」というわけだが、「自衛隊を派遣した日本政府の自己責任」とも言えるし、「そんな政府を選んだ国民の自己責任」と言うこともできる。

さらには「詐欺に遭ったのは、騙されたお前の自己責任」とか「近隣トラブルに悩むのは、そんなところに住んだお前の自己責任」とか、何でも自己責任に結びつけることができる。

もっと探してみよう。「交通事故に遭ったのは、道路を歩いていたお前の自己責任」「傘を盗まれたのは、油断していたお前の自己責任」「日本で生きるのがつらいのは、日本に生まれたお前の自己責任」。

何でもありである。まさに万能の言葉と言えよう。

議論にならない自己責任論

このように「○○は自己責任」という言葉は何の意味も持たず、単に相手を攻撃するだけの言葉に過ぎない。

ちなみに自己責任論に反論するのは難しい。なぜなら「○○は自己責任」なんて言葉は上記のとおり何の意味もなく、「うるせぇバーカ」と言ってるのと変わらないからだ。

「うるせぇバーカ」と言われて反論する気になる人は滅多にいない。大まじめに「私は馬鹿ではないしうるさくもない。なぜなら……」とか返したら、反論した側の方が馬鹿なのではないかと思われてしまう。

「○○は自己責任」という言葉は「うるせぇバーカ」を少しだけ知的な感じで表現しただけなのだった。

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