誰にでもできる仕事とは何か 代わりのいない人材という謎

誰にでもできる仕事とは何か 代わりのいない人材という謎

ネット上や自己啓発、ビジネス誌などで目にする言葉が「誰にでもできる仕事」である。このように使われる。

介護職やトラック運転手は仕事が大変なのに給料が安い。それは「誰にでもできる仕事」だからである。他に能力がないのだから、その状況に甘んじるしかない。

まあ自己責任論の一種なのだが、この「誰にでもできる仕事」とは何なのか。そういう仕事があるのならば、もちろん逆の「特定の人にしかできない仕事」というものが存在するはずだ。

誰にでもできる仕事とそうでない仕事

まず「特定の人」の範囲を考えていこう。これは「特定の個人(唯一無二)」を指すのか、「資格や適性を持っている人(大勢いる)」を指すのか。

介護職は特に資格がなくても就職できるが、仕事の内容はかなり人を選ぶ。痴呆が始まった老人を介護するのは向き不向きがある。決して「誰にでもできる仕事」ではない。

トラック運転手になるには運転免許証が必要だ。しかも大型トラックの場合は普通の運転免許証では運転できない。また、大きな車は運転しにくく、それなりの技術が要求される。こちらも「誰にでもできる仕事」とは言えない。

介護の仕事をしている人は世の中にたくさんいて、トラック運転手もたくさんいる。そういう意味で「代わりの人がいる仕事」ということだろうか。

当たり前だが介護現場も運送会社も、その人に辞められたら仕事に支障が出るのは間違いない。いてもいなくても何ら問題のない仕事というものは、滅多にない。それでも、これらの仕事は給料が安く「誰にでもできる仕事」として扱われる。

特定の人しかできない仕事

では特定の人しかできない仕事とは何か。

医師やパイロット、弁護士などは資格がなければできないし、給料も高いことが多い。彼らは「誰にでもできる仕事」とは言われないので、「代わりの人がいない仕事」に当たるのだろう。

だが、実際には医師もパイロットも弁護士も世の中にはたくさんいる。弁護士などは多すぎると言われているくらいだ。ある病院で診察を受けられなかったら、別の病院に行けばいい。別に「特定の人」でなければできない仕事というわけではない。

政治家はどうか。現職の国会議員が辞めたり、大臣が辞任したりしても、もちろんその場では混乱するが、代わりがいないわけではない。実際、選挙の時には立候補者はいくらでもいる。

それなら「個人の名前」で売っている職業ならどうか。芸能人やスポーツ選手、カリスマ社長などだ。彼らの代わりになる人はいないだろうか。

そんなことはない。

ある俳優が亡くなったら、別の俳優がその役をやればいい。イチローが引退したからといって野球がなくなってしまうわけではない。カリスマ社長がいなくなったら、誰か別の人が社長になるだろう。クオリティは下がるかもしれないが、代わりがいないわけではない。

さて、何を持って「誰にでもできる仕事」とか「代わりのいない仕事」とか言っているのだろう。結局のところは、ただの主観である。

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