明治維新と国家神道 日本は天皇を中心とする神の国になった

明治維新と国家神道 日本は天皇を中心とする神の国になった

神社は日本神話をもとにする「神道」、寺院はブッダが創始した「仏教」の施設で、それぞれ別の宗教である。

我が国では長らく神社と仏教ははっきりと分けられてはいなかった。 今でも日光東照宮など、神社と寺院が両方あるところもある。

神道と仏教

神道は日本で古くから信じられている宗教で、至る所に「神様」が宿るというもの。自然発生した宗教なので、キリスト教のような「聖書」は存在しない。

しかしながら、日本神話と呼ばれる物語は「古事記」や「日本書紀」に残されている。そこには太陽神であるアマテラス、英雄ヤマトタケルなどが登場する。このへんはキリスト教によく似ている。

そして、これらの日本神話は現在の天皇家へと繋がっていく。日本神話によれば現在の天皇は神の子孫だということになる。

一方、仏教は六世紀頃に朝鮮半島から入ってきた。仏教は神道と融合しながら受け入れられていった。これを「神仏習合」という。

どちらかというと人々は仏教を上位に考えており、神道は仏教に吸収された形だった。仏は神の化身であり、神は仏の化身だった。たとえば、アマテラスは大日如来の化身だった。

国家神道

神仏習合が破られることになったのは、明治維新だった。

明治政府は天皇を中心とした国家を作り上げようとしていた。そこで、アマテラスを主神に祭り上げ、その子孫である天皇を神格化した。西洋で信じられているキリスト教を参考にしたのだろう。

かつて神武天皇(日本神話における伝説の人物)が行っていた祭政一致を宣言し、全国の神社を通して国民を支配しようとした。祭政一致とは、政治と宗教が同じであるということ。現在のイスラム諸国と同じイメージである。

この「国家神道」において、仏教の存在は邪魔だった。神は天皇のみであり、その他に神あるいは仏などというものが存在してはならなかった。明治政府は、日本を一神教の国にしようとした。

こうして「神仏分離」が始まった。仏教は弾圧され、神社の中にあった仏教関係の建物や像は破壊されたり、売り飛ばされることになった。仏教の言葉は神式に改められた。

やがて明治政府は、先進国では「政教分離」のほうが一般的であることを知った。しかし、せっかく確立した「神道」を国家から切り離したくはなかった。そこで良いことを思いついた。

「神道は宗教ではない」

大日本帝国憲法では制限付きで「信教の自由」が認められた。政教分離が原則だったが、神道は宗教ではないので、政治的に特別扱いをしても何ら問題はなかった。

かつて森総理が「日本は天皇を中心とする神の国」と発言して批判されたが、まさにその通りなのである。

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