ナチスの優れた失業政策と少子化対策 不都合な真実は語られない

ナチスの優れた失業政策と少子化対策 不都合な真実は語られない

ナチスは政権を獲得すると、次々と画期的な 国民を幸せにする政策を実行していった。現代の高速道路のモデルとなった「アウトバーン」が完成し、国民車フォルクスワーゲンが誕生。失業対策によってドイツの不況は克服された。

やがてナチスに対する支持率は、圧倒的な数字になった。

高速道路アウトバーン

1933年、ナチスの宣伝大臣ゲッベルスはアウトバーンの建設を宣言した。

アウトバーンとは「大型車が150キロ以上で走れる道路」のことで、ゲッベルスはアウトバーンを万里の長城やピラミッドと並ぶ偉大な事業であると力説した。

アウトバーンは現在の高速道路の先駆けともいえる道路で、すべてが同じ幅で作られ、急カーブはなく、他の道路や鉄道と交差するところは立体交差になっていて、中央分離帯には樹木が植えられている。一定距離ごとに緊急連絡用の電話が設置され、今でいうサービスエリアも整備されていた。

アウトバーンは今でも利用されているが、この道路は単に交通を便利にするためだけに作られたわけではなかった。

当時のドイツでは、失業者が街にあふれていた。ナチスは政権を取る前から、国民に仕事とパンを与えると宣言していた。国民にアウトバーンの建設という仕事を与えることで、景気回復を目指していたのだった。

労働環境の向上に向けて

公共事業で景気を回復させるといっても、現代の日本のように一部の大企業に税金が流れて庶民に行き届かないのでは意味がない。ナチスは特定の建設業者が利益を独占することがないよう、厳しく監視した。

さらにナチスは有給休暇を制定し、一日の労働時間を八時間に制限するよう企業に求めた。仕事のない若者には兵役義務を課した。兵役のおかげで若者は安定した生活を送れるようになった。

ヒトラーは汗を流さずに儲けることを敵視していた。株式の配当は最大でも六パーセントに制限し、大企業に増税を行った。

当時の企業は賃金の安い女性を優先的に雇用していた。このせいで多くの男性が仕事にありつけなかった。ナチスは男性を雇用するように働きかけた。

ナチスの少子化対策

男性の雇用を優先させたということは女性軽視のようにも思えるが、ナチスは国民が幸せになれるよう少子化対策もしっかりと行った。

貧困家庭には食料品やミルクを提供し、母親は育児相談や健康相談ができるようになった。託児所が各地に設置され、子育てに疲れた母親のために保養施設まで用意された。

さらに結婚すると資金を無利息で貸し付け、子供を一人産むごとにその四分の一が返済を免除された。四人産めば、全額が免除になった。

労働者には長期休暇を奨励した。バルト海に面したリューゲン島に巨大な保養施設「プローラ」を建設した。プローラが完成することはなかったが、計画では二万人の労働者が長期休暇で演劇を楽しみ、映画を見て、プールで遊ぶことができるようになっていた。

ナチスは労働者のために娯楽施設や図書館を用意した。庶民はオペラを見に行けるようになり、本が読めるようになった。

これだけ幸せに生活できるのならば、結婚して家庭を築きたくなるのも当然だった。1932年に51万件だった婚姻数は、二年後には73万件に急増した。

こうしたヒトラーの政策は、彼の悪逆非道のイメージにそぐわないため、紹介されることはほとんどない。

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