福沢諭吉「学問のすすめ」 天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず?

福沢諭吉「学問のすすめ」 天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず?

かつて日本人に最も敬愛された偉人は、聖徳太子だった。1984年まで、聖徳太子が嫌いだという人は一人もいなかっただろう。聖徳太子は日本の経済成長を牽引した。誰もが彼を追い求めた。

1984年、聖徳太子の地位は福沢諭吉に奪われた。

それから聖徳太子の影響力は低下を続け、今や聖徳太子という名前すら奪われ、教科書では厩戸皇子(うまやどのおうじ)として紹介されている。

一方で福沢諭吉は聖徳太子に代わって、日本人から敬愛されるようになった。

彼を一人渡せば食事もできるし、テーマパークで一日遊ぶこともできる。彼を何人か渡せば旅行に行くこともできるし、家電を買うこともできる。彼を何百人か渡せば車だって手に入れられる。

多くの日本人は福沢諭吉を何人も手に入れるために、必死に働いている。

天は人の上に人を造らず

福沢諭吉は慶應義塾大学の創設者である。彼の名言としてよく引用されるのが、「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず 」という言葉だ。

これは「学問のすすめ」の最初に出てくる有名な言葉で、よく福沢諭吉の平等主義を表す言葉として紹介される。「名言」と言われることも多い。

しかし、この部分だけ切り取って福沢諭吉の言葉とするのは、あまりにひどい。正確には、彼はこう書いているのだ。

「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」と言えり。

つまりこの言葉は単なる引用であって、福沢諭吉の言葉ではない。しかもこの後に彼は、実際の世の中は平等ではないではないか、と続けている。

人は生まれながらにして貴賤・貧富の別なし。ただ学問を勤めて物事をよく知る者は貴人となり富人となり、無学なる者は貧人となり下人となるなり。

つまり福沢諭吉の主張は「人間は生まれたときは平等だけど、勉強しているかどうかで差がつくから、勉強しなさいよ」ということであって、人間が平等であることを否定はしていないものの、そこは主張の中心ではない。

学問のすすめ

学問が重要といっても、単に皆が知らないような難しい字が書ければよいということではないし、古文を読み詩を作ればよいというわけでもない。

文字と計算、地理と歴史、経済、天文、化学などの「実学」を学ぶべきである。「古事記」を全部覚えていても、米の相場を知らないのでは話にならない、と論じている。

福沢諭吉は「脱亜論」の著者とされていて、そこで中国や朝鮮のことを「外見の虚飾ばかりにこだわり、迷信深く、法律を守らず、道徳心もない。隣国だからと特別扱いしてはならない」と言っている。

言うまでもないが、「脱亜論」は中国や朝鮮が大好き、かつ西洋諸国が大嫌いな人たちから毛嫌いされている。

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