年上が偉いという信仰はどこから生まれたのか 儒教思想

年上が偉いという信仰はどこから生まれたのか 儒教思想

我が国では一般的に、年上は偉いとされている。

単に早く生まれた、遅く生まれたの違いに過ぎないのだが、早く生まれた者は遅く生まれた者よりも偉い。

先輩と後輩

学校では先輩(自分よりも早く生まれた)に対して敬語を使わなければならないし、それが部活動であれば上下関係は明確になる。特に運動部は先輩後輩の上下関係は絶対であり、先輩の命令は法律よりも優先される。

この関係は学校を卒業してからも変わらない。

そこでは単に生まれが早いか遅いかだけではなく、先に入社したかどうか、役職が上か下かという要素も絡んでくるが、基本的な考え方は同じである。

一般的な会社では早く生まれた者のほうが先に入社するし、早く生まれた者のほうが上位の役職に就きやすい。仕事ができるできないとか、適正があるかどうかよりも年齢のほうが、ずっと昇進には関係が深いのである。

これは組織内に限った話ではない。直接的な利害関係がなくても、遅く生まれた者は早く生まれた者に敬語を使うのが基本である。たとえば近所づきあいとか、趣味の集まりでもそうなっている。

社会全体がそうなっていて、会社の重役も政治家も、あるいは芸術家も早く生まれた者のほうが偉いことが多い。若い方が優れていると思われているスポーツ選手でもそうである。

早く生まれた者は優れているか

だが、早く生まれた者のほうが優れているという根拠は特にない。

長く生きているほど経験が多いのだから知識量で勝っているように思うかもしれないが、決してそんなことはない。

身近な人を思い浮かべればすぐにわかるが、今までいったいどのように生きてきたのか不思議でならないほど無知な人間もいれば、若くしてとんでもない量の知識を持っている人もいる。そんなことは誰でも知っている。

それに世の中、知識があれば偉いというわけでもない。身体能力なども考慮すれば、若い人のほうが優れていることの方が多かったりもする。

たとえば一般的な会社では年寄りのほうが偉いが、年寄りのほうが仕事ができるというわけではない。有名なビジネスマンや技術者も若い頃に成果を上げている人のほうが多い。

こうなると、早く生まれた者のほうが偉いというのは単なる社会的慣習であり宗教みたいなものである。

儒教思想

ヨーロッパやアメリカでは、日本ほどには年齢はあまり偉い偉くないに関係がない。年齢で偉い偉くないを判断することが多いのは日本の他に、韓国とか中国がある。

これは儒教の考え方があるからだろう。儒教は上下の秩序を大事にすることを説く。親を敬い、兄を敬い、年齢の順序を敬う。

この考え方はキリスト教の考え方に反する。キリスト教では「神の前ではみな平等」なのだから。

儒教は中国で生まれ、韓国、日本などの東アジアに広まった。はっきりと宗教扱いされることもあるが、特に日本ではあまり意識されず、日常生活に深く浸透してしまっている。

労働カテゴリの最新記事